校長室だより 平成29年度 第4号

「解のない問いの答え」(平成29年5月23日)

 体育祭が終わりました。春組、夏組、秋組、冬組とも、工夫を凝らし、お互いを盛り立てて、清々しい、けれども熱い体育祭でした。伝統のダンス、ファウストも整然と美しく舞われました。この体育祭に向けて、実行委員長始め、組長、団長、そしてそれを支える生徒たち全員が、「今年の体育祭、どうするか」と悩みながら、試行錯誤しながら、教員との話し合いも重ねながら考えてきました。「どのような体育祭が、あるべき姿か」という課題に、答えを見つけるのは容易ではないと思います。当日の充実感や団結した実感があれば、答えが見つかったのか、と言われれば、それだけでもないでしょう。

 先日、本校の同窓会である真澄会の総会が行われ、今年の3月に卒業した114期生の代表メンバーも出席していました。卒業してわずか2ヶ月ほどなのに、すっかり「高校生っぽさ」が抜けていて、自分の目標に向けて新たに踏み出している様子が見てとれました。本当にうれしいことです。夢と希望に溢れて幸せいっぱいという感じでしたが、やはり、悩み、試行錯誤したり・・・は続いているようです。特に、話のなかで、「大学では、『解のない問いの答え』を探さなければならず、それは本当に大変なことなのです。」という言葉があったのは、とても印象的でした。高校の授業で、試験で、入試で、「正解」を出すために、頑張って勉強して、卒業したその後の進学先で求められるものは、「解のない答え」なのです。

 さて、「解のない答え」はどのようにしたら、答えに辿り着くのでしょうか。悩みながら、試行錯誤しながら、人と話し合い、コミュニケーションをとりながら、考えて考えて・・・見つかるのかどうか・・・そもそも「解がない」のですから、「どれも正解」かもしれないし、「どれも正解ではない」のかもしれません。ここで大切なのは、「だから、挑むのをやめてしまう」のではないことです。それぞれが辿り着く答えを持ち寄って、「最善の解」を選び出すことも必要でしょう。それぞれが辿り着く答えには、「ただ何となく」という思いや、「自分はこうしたいから」という独善的なものではなく、客観的な根拠がないと、「最善の解」に向かって、他者と共有することはできません。その 客観的な根拠となる基礎基本の知識やものの考え方こそ、高校生の今、身に付けてほしいものなのです。

 来週は中間試験です。「解のある答え」を気持ちよく導きだせるように、コツコツと、ひたすらコツコツと・・・頑張って!!

P.S. 私も「解のない問いの答え」をいつも考えています。
「平高生らしさって何?」「平高生みんなの可能性をめいっぱい引き出すにはどうすればいい?」「平高生の輝かしい未来のために、横浜平沼高校は今、どうあればいい?」・・・・・

アヤメ






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