県所有のヘリコプター「さがみ」で横浜平沼高校を空から撮影しました

開港150年を迎える横浜港、開発の進むみなとみらい地区に隣接する本校をごらんください。
2007年4月26日撮影

 校史教育資料作成のため、神奈川県所有のヘリコプター「さがみ」に本校職員が搭乗して、空から本校や開発の進むみなとみらい地区や横浜港を撮影してきました。
 2009年に開港150周年を迎える横浜港や横浜の玄関口でもある西区のみなとみらい地区、また、西区唯一の県立高校である横浜平沼高校を空からご覧ください。

写真:本校上空より横浜港方面
本校上空より横浜港を望む

写真:平沼高校全景  左写真

 横浜平沼高校の立地している場所は、岡野欣之助氏所有の三千坪が「教育のためなら」という岡野氏の厚意で寄付により提供されたものです。この地、岡野新田は欣之助氏の祖父良親氏と父良哉氏が海に堤を築いて埋め立て、耕地としたところです。1900年(明治33年)当時には現在の場所にまだ横浜駅はなく、西口一帯は海であったそうです。帷子川(かたびらがわ)のほとりに木造二階建ての本校校舎がぽつんと建ち、耕地のすぐそばまで海や沼が迫っていたという記録があります。

 右写真

平沼橋   1997年架設
元平沼橋  2005年架設
平沼一之橋 1971年架設
新田間橋(あらたまばし) 1927年架設
 この橋は1859年(安政六年)の横浜開港の時、開港場と東海道を結ぶ交通路として「よこはま道」が建設された時に架けられた歴史ある橋で、当時、芝生新田(今の浅間町)と岡野新田(今の岡野町)の新田の間を結ぶ橋であったため「新田間橋」と名付けられたそうです。
岡野橋   1974年架設
写真:平沼高校付近

写真:平沼高校近辺  左写真

 この写真でわかるように、平沼高校の位置している場所は、帷子川と新田間川(あらたまがわ)に挟まれた埋め立て地です。この写真では見ることができませんが、手前には幸川(さいわいがわ)も流れています。このように川が多いのは、往時このあたりは塩田が多く、土地の塩分を抜くために真水の川を通したためではないかといわれています。
 写真上部に見える尾張屋橋の「尾張屋」という名称は、宝暦の頃(1751-1764)、尾張屋九平治が橋の東側一帯を新田開発したことに由来し1928(昭和3)年まで続いた付近の地名です。現在はこの橋にだけその名が残されています。

西暦 横浜関連の出来事
1854年 日米和親条約締結
1858年 日米修好通商条約締結・神奈川に開港場設置
1859年 横浜開港
1900年 神奈川県高等女学校開校(横浜平沼高校の前身)
1958年 開港100周年 マリンタワー建設
氷川丸係留
1989年 開港130周年市政100周年 ベイブリッジ建設
横浜博覧会開催
2000年 神奈川県立横浜平沼高等学校 開校100周年
2009年 開港150周年
みなとみらい地区


※橋の解説文は横浜市西区HPの「西区の橋」を参考にさせていただきました。

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